山中教授が「ジャマナカ」から「世界の山中」になるまで支えてくれた自己啓発本。

 

 

 

 

 

 

満を持して、ノーベル賞生理学・医学)の授賞が決まった山中伸弥京都大教授。もともと「医師になれ」と勧めてくれたのは父親だったらしい。町工場を経営する父親が「こんなしんどい仕事よりも、算数や理科の成績がいいんやから医者になれ」と息子に言ったのが医学を志すきっかけとなる。
しかし、臨床医としてはうまくいかなかった。手先は不器用なわけではないが、通常なら20分で終わる手術が2時間かかってしまうこともあったようだ。指導医からは「ジャマナカ」と呼ばれた。山中教授は「医者になるまで、病気で苦しみながら亡くなっていく人が自分の周囲にはいませんでした。苦しむ患者さんの姿が触れる経験がなかっただけに、整形外科で重症患者の人たちに出会った衝撃が大きかったんです」と自己を分析している。