院長のマンスリートーク
世界各国 かぜの民間療法について!
- 2011年11月19日 15:35
- 世界各国 かぜの民間療法

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| いよいよ今年も風邪の季節がやってきました。風邪に関しては世界中でいろんな民間療法が行われています。それではまず外国の民間療法を紹介したいと思います。 |
| ドイツ |
| 1.赤ワインを温め砂糖と卵を入れて飲む 2.温めたビールを飲む 3.ペパーミントなどの薬草を煎じ、蜂蜜を入れて飲む |
| イギリス |
| 1.レモン汁のお湯割りに蜂蜜を入れて飲む |
| ロシア |
| 1.ウオッカに胡椒を入れて飲む 2.生のアロエを食べる |
| 韓国 |
| 1.もやし料理に唐辛子を入れて食べる 2.焼酎に唐辛子を入れて一気に飲む |
| シンガポール |
| 1.温めたコーラにレモンを入れて飲む |
| 台湾 |
| 1.熱めの風呂に短時間入り汗を流す 2.乾燥させた菊の花に氷砂糖を加え、熱いお湯に注いだものを飲む 3.どくだみ、赤紫蘇、スターフルーツなどを煮詰めて飲む |
| バングラディシュ |
| 1.ローリエと生のしょうがを入れた紅茶を飲んだり、それでうがいをする 2.小麦粉に酢と水を入れて混ぜ、布の上に伸ばして頭に載せる 3.タマネギと岩塩をつぶして混ぜ、喉に塗る |
| ネパール |
| 1.ターメリックの粉と塩少々を熱いお湯で溶いて飲む |
| インド |
| 1.クローブとしょうがを紅茶に入れて飲む 2.塩を溶かしたお湯でうがいをする 3.ハーブを煎じてその蒸気を鼻や口から吸う |
世界にはずいぶんといろんな方法があるものですね。当然日本でもいくつかの方法がありますが、卵酒やしょうが湯なら誰でも知っていますね!
そのほかに有名なもので比較的簡単に行えるものを数点ご紹介します。
1.お茶でうがいをする。→お茶に含まれるカテキンの殺菌作用はすべてのタイプのインフルエンザウイルスに効果がある。安いお茶の出がらしでも十分。
2.大根あめ→咳が出るときによい。皮付きのまま1cm角に切った大根と蜂蜜をビンに入れ、2日程度大根が浮いてきたら、上澄み液をそのまま、あるいはお湯に溶かして飲む。
3.梅干→梅干と黒砂糖、またはしょうがを湯飲みに入れ、熱いお湯を注いで飲む。
4.ネギ、ニンニク湯→みじん切りにしたネギやすりおろしたニンニクをスープの素で溶いたり、お湯を注いで、しょう油や味噌など好みの調味料で味付けして飲む。
いずれも前から知られているもので、皆さんがご存知のものかもしれませんが知っているのと実行するのとはまったく違います。今年はどれかひとつだけでも毎日実行してみませんか・・・・・・
腹式呼吸について!
- 2011年10月15日 21:09
- 腹式呼吸について!

9月末に本州を縦断した台風15号の被害はすごかったですね。その中で舞鶴市の国道で観光バスが濁水につかって動けなくなった記事をお読みになった方も多いと思います。
60歳から87歳までの37人はバスの屋根で10時間以上も救出を待っていたのですが、彼らはその間「上を向いて歩こう」の歌を口ずさんだり、腹式呼吸をして体を冷やさないようにして寒さをしのいだそうです。37人の中に1人の看護師がいて、その人のアドバイスで腹式呼吸をしていたようです。
結果として、彼らは全員助かりました。彼らがパニックを起こすこともなく、降りしきる雨の中、暗い夜をバスの上で我慢できたのには、この腹式呼吸の効果が相当に大きかったと思います。
そこで今回のトピックスはこの腹式呼吸の名人3人とその方法を紹介したいと思います。
まず最初は大健康力の塩谷信男先生です。
塩谷先生は、小さい時は体が弱く、死の淵をのぞく大病を何度もしました。何とか丈夫になりたいと考えていたとき腹式呼吸に出会い、その後さまざまな呼吸法や健康法を試しながら、自分流の呼吸健康法を完成。30歳半ばで肺結核を自分で克服。80歳を過ぎてからは老人病が現れてきましたが、その白内障や前立腺肥大症も自分で治してしまいました。
塩谷先生は87歳、92歳、94歳の時にゴルフのエージシュート(自分の年齢以下のスコアで1ラウンドを回ること)を達成し、これは世界記録になっています。
100歳を越した今でも、週に1回はコースに出てプレーし、毎朝1時間の練習も欠かしたことはありません。それでは塩谷先生の調息法と言われる呼吸法をご覧下さい。→図1
次はスプーン曲げの研究などで有名になった政木和三先生です。政木先生は発明3000件という天才ですが、その発明の源泉にはやはり彼なりの腹式呼吸があったようです。
政木先生は子供の頃、胃腸が弱かったうえに多少吃音があったので、自分で治そうと決心し腹式呼吸の訓練を始めたそうです。初めは7秒間かけてゆっくり吸った息を、7秒間下腹部にとどめ、それを7秒間でゆっくりと吐き出すという方法でした。これだと1分間に3呼吸になります。これを毎晩1時間ずつ続けているうちに、小学校3年になると、20秒間で息を吸い、20秒間下腹にとどめ、20秒間で吐き出すという、1分間1呼吸ができるようになっていました。すると遠い過去や前世のことまでがよみがえったりする不思議な経験を味わいました。
その時は分からなかった事ですが、1分間1呼吸になると血液中の酸素が少なくなって脳の活動が最小限に抑え込まれ、脳波がシータ波になるという結果によって、いろいろな不思議体験がなされたようです。その不思議体験からいろいろな発明が生まれました。
この出来事に関する詳しい話は政木先生の著書「この世に不可能はない」と「政木和三の超脳革命」の中に書かれています。
もう一人の名人は右脳開発で有名な七田眞先生です。七田先生は腹式呼吸と言わずに
丹田呼吸という言い方をしますが、意味しているものは同じです。
丹田呼吸をすると自然に普通の意識から変性意識に入っていきます。変性意識とは脳波がアルファ波、シータ波に移り変わっていく意識状態です。普通の意識ではベータ波状態の意識であることが普通で、丹田呼吸を深く繰り返すほど変性意識に深く入っていくのです。
丹田呼吸によって、人は心身をリラックスさせ、そして集中を深めていきます。
この丹田呼吸のマスターこそが右脳開発の近道となります。七田先生の薦める丹田呼吸法→図2をご覧下さい。
台風の雨の中でもパニックを起こすことなく一夜をバスの屋根上で過ごせたというのは、すごい忍耐力だと思いますが、その原動力として腹式呼吸による沈静された脳波があったことは間違いないと思います。バスの上に取り残された方の中に、腹式呼吸に詳しい人がいたというのは本当にラッキーであったと思います。
こんなに効能のある腹式呼吸ですから、皆さんもさっそく始めてみませんか?
方法は塩谷式でも政木式でも七田式でも構いませんので、皆さんが続けやすい方法をお選びください。
腸とアトピーの関係について!
- 2011年9月19日 14:07
- 腸とアトピーの関係について!

当院では以前からアトピー性皮膚炎の人は腸内の善玉菌の数が圧倒的に少ないという考えのもとに治療をしてきました。これは金沢にあるアトポスの赤嶺福海氏がアトピー患者100名以上のかたの腸内細菌(善玉菌)の数を測定したところ、千分の一から十万分の一と極端に少ないことを発見したからです。ここ1~2年はアトピーや花粉症と腸内細菌の関係が随分といわれるようになってきました。フジテレビのあるある大辞典でも去年と今年の2回「花粉所の人は腸内細菌が少ないのでヨーグルトがお薦め!」と放送しました。
それから健康雑誌の月刊誌「わかさ」の2003年4月号ではアトピーに効果がある新型乳酸菌を10ページ以上にわたって紹介しています。また、近畿大学医学部奈良病院皮膚科の山田秀和先生が腸機能とアトピー性皮膚炎の関係について興味ある発表をされていますので、今月はその内容を紹介したいと思います。

「重症の成人型アトピー性皮膚炎の人には腹部症状があらわれている人が多く、便秘、下痢などを繰り返す人が患者全体の6割を占めています。その人たちの大腸を内視鏡で見ると大腸炎と診断できる人が約9割、さらにその大腸の組織にはほぼ全例に慢性大腸炎が認められます。ひどいアトピー性皮膚炎の場合、腸炎もひどいという結果も出ており、皮膚炎と腸炎は密接に関連していると考えることができます。」
腸に炎症があり腸壁のバリア機能が壊れるとアレルゲンとなるたんぱく質がそのまま腸壁から血液中に入ってしまい(通常はたんぱく質がアミノ酸に分解されてから血液中に入る)、免疫反応を起こしてしまいます。この免疫反応に狂いが生じ自分自身の体を攻撃して傷つけるのがアレルギーです。
では何故腸管の炎症が起きるのでしょうか?普段、ビフィズス菌や乳酸菌などの善玉菌が腸内での異常発酵、腐敗を防いでいます。しかし、食べ過ぎや便秘、ストレスなどによって微生物のバランスが崩れて腸内の悪玉菌が増えすぎると腸内異常発酵、腐敗が進行し有毒物質やガスが発生します。これが腸粘膜を刺激して炎症を起こしたり、表面の抗体を破壊したりします。特に、分解・消化されにくい動物性たんぱく質は腐敗作用が起こりやすく、これがそのまま炎症部分からアレルゲンとして体内に入ってしまうのです。つまり、動物性たんぱく質食品のとり過ぎ、便秘などによる腸内環境悪化がアトピー性皮膚炎を引き起こす一因になっているわけです。山田先生はこの腸内環境の改善のために生野菜を薦めておられます。
「重症のアトピー性皮膚炎の患者は腸内にビフィズス菌などの善玉菌が少ない傾向にあり、バランスが悪い状態です。便秘を1つの目安にして治療すると皮膚症状の改善がみられてきます。そのためにまず重要なのが食生活の改善。患者さんには青汁や生野菜の摂取を薦めています。」
下に便秘の改善とともに皮膚症状も改善してきたグラフを2つ示します。腸内環境の改善のためには当院のHPの中にある還元力のある水、腸内活性ヨーグルメイト、乳酸菌生産物質(ビオネ)、ビフィズス菌の粉末などのほかに生野菜や青汁などもかなりの効果があるようです。
長年のアトピー性皮膚炎で苦労されている方は、皮膚に軟膏を塗るだけでなく自分の腸内環境を改善するような食生活を心がけてみてはいかがでしょうか。それまでとは全く異なった効果が期待できると思いますが・・・・・・・・・・
「すいか」で紫外線デトックス!
- 2011年8月17日 18:55
- 「すいか」で紫外線デトックス

8月も終わりに近づいて来ましたが、まだまだ紫外線は気になりますね。少しずつでも体に紫外線の害が蓄積されてしまうと、免疫力低下、血液ドロドロとなり、美肌への道はどんどん遠くなってしまいます。それどころか、健康面でもピンチになります。美は健康な体から生まれるものだから、毎日しっかりケアしなければなりません。外出時には準備万端に日焼け止めを塗り、日傘やアームカバーで露出部分を守りましょう。それでも紫外線を全く浴びないわけにはいきません。溜まった毒は出さなければならないのです。
そこで夏の果物「すいか」の出番です。 というのも体に入った紫外線毒素「スーパーオキシド」を解毒すれば、有害紫外線による悪影響から自分を守れるのです。そして、その「スーパーオキシド」を排毒するのに有効な成分「シトルリン」を多く含んだ食べ物が「すいか」なのです。「すいか」は体に溜まったいらない水分を出してくれるだけでなく、デトックスとしての働きもしてくれるのです。
暑い夏、ひんやり冷えた「すいか」は格別おいしいですね!この夏は「すいか」でデトックスしてみましょう。
真向法体操について
- 2011年7月21日 11:01
- 真向法体操

皆さんは真向法をご存知ですか?そもそも真向法をひらがなでなんと読むか分かりますか?
これは「まっこうほう」と読むのです。
今回のトピックスはこの真向法の紹介とそれを毎日行っている86歳の素晴らしい方の紹介です。その素晴らしい方とは英語能力テストTOEICを実施する協会の会長であり、日本の中高年に笑顔と自信を取り戻してもらう運動を展開するビューティフルエージング教会の会長、かつ弁護士でもありグリーンヒル法律特許事務所の所長である渡辺弥栄司さんです。今回紹介する真向法とはたった4つの動作しかない柔軟体操です。
その形は次に示す第1から第4までの4つの動作であって全部をやっても10分から15分くらいで終わると思います。(真向法体操を見る)
本日紹介する渡辺弥栄司さんは47歳でこの真向法をはじめて、それから40年間毎日続けていらっしゃいます。
渡辺さんは47歳までは体がガチガチだったのですが、真向法をはじめてから毎年のように身体が柔らかくなってきて、今では12歳くらいの柔軟性だと感じておられます。


渡辺さんがどのくらい体が柔らかいかは上の写真をご覧くだされば分かると思います。
渡辺さんは63歳から弁護士を目指し、2年間毎日15時間の猛勉強をして65歳で1回で司法試験に合格されたすごい人です。
「真向法にて体を柔らかくしていったら頭も柔軟になっていった結果だ。」とのことです。渡辺さんいわく「身体と頭と心は1つのものなんです。三位一体です。要するに身体が硬くなれば頭も心も硬くなるわけです。心を柔らかくしようと思ったら、頭と身体を柔らかくしなければ駄目。頭を柔らかくしようと思ったら心と身体を柔らかくしなければ駄目です。」
この言葉を聴いて若くても耳が痛い人がかなりいるのではありませんか?私は今年50歳を迎えたばかりですが、この渡辺さんの姿を見ましてまだまだ精進しなければならないと痛感いたしました。このHPを見ているほとんどの方は渡辺さんより年下だと思いますので、このような立派な方に少しでも近づけるように身体を柔らかくする真向法体操を今日からでも始めてみませんか・・・・・・
それから渡辺さんは幸福五原則というものも唱えていらっしゃいます。

これについても早速あすからでも実行して少しでも渡辺さんのような立派な方に近づいてみませんか・・・・・・
この渡辺弥栄司さんについてもっと詳しく知りたい方は彼の著書である「125歳まで、私は生きる。」をお読みになってみてください。
成功を呼び込むくちぐせ!
- 2011年6月22日 20:00
- 成功を呼び込むくちぐせ

皆さんは高額納税者で有名な斉藤一人さんの名前をご存知だと思います。斉藤一人さんは中学しか出ていないのに、どうしてあのような大成功を収めることが出来たのでしょうか?
実は彼が毎日くちぐせにしている言葉にその秘密があったのです。斉藤一人さんは以下に述べる7つの言葉をくちぐせにして人生を歩んできたようです。
この7つの言葉をくちぐせにするだけなら誰でもまねできると思いませんか? 要はこれを根気良く毎日たくさん実行することなのです。毎日毎日この7つの言葉をなんども声に出して言うのは、実際はなかなか出来ないものです。それを数年にわたってやってきたところが斉藤一人さんのすごいところです。
それではその7つの言葉を紹介いたします。
人生にツキを呼ぶ「斉藤一人さんの言葉」
1.「ツイてる!」
2.「幸せだなあ」
3.「豊かだなあ」
4.「やってやれないことはない。やらずにできるわけがない」
5.「ありがたいなあ」
6.「いいことがありそうだなあ」
7.「すべての良きことが、なだれのごとくおきますように」
この7つの言葉を1日1回くらいなら言えそうですが、何度も何度も言うとなるとそう簡単には出来ないことです。しかし斉藤一人さんはそれをやってきて今の地位を築いたのです。 現在の自分の境遇に満足できていない人(私もそうですが)は、この7つの言葉を毎日10回以上口にすることを習慣にしてください。そうすると自分の期待以上の成功がやってくるかもしれません。
宝地図の話
- 2011年5月13日 20:03
- 宝地図の話


今月のトピックスは自分の宝地図を作ろうという話です。宝地図というとピンと来ない方が多いかもしれませんが、宝地図というよりも「自分の願望を紙に書いたもの」という解釈をしてください。大学受験を控えている人なら「○○大学に受かって有り難うございました。」という文章を書くと同時に、自分の幸せそうな写真を貼ったりします。その時にその大学の写真があれば一緒に貼っておけばいいのです。もしその大学が家から近い方なら、そこへ出向いて写真をとって来れば完璧です。
何らかの病気があってそれを治したいと治療している方は「○○が完全に治りました。本当に有り難うございました。」と書くわけです。
アトピーの治療に励んでいる方には、次の言葉をお薦めします。「アトピーの痒みがいつのまにか全くなくなってしまいました。今では自分のことを誰もアトピーだと気づかなくなりました。本当に有り難うございました。」このような文章を書くと同時に自分の笑顔の写真を貼るわけです。このとき1つの方法ですが、誰かの体験談に載っている写真を利用するのも有効です。当院にもそのような本が多数ありますが、体験談に載っている写真というのは治療前めちゃくちゃひどい状態なのに、治療後は別人のように普通の人のような皮膚をしているものが多いです。そこでその写真の顔だけ自分の顔と替えて、自分自身がそのような改善をしたという状況にしてしまうわけです。
この宝地図のアイデアは東京のヴォルテックスという会社の社長さんである望月俊孝さんの本に詳しく載っています。
望月さんは十数年前のどん底状態の時にこの宝地図をつくり、今では「幸せな小金持ち」として紹介されるまでに人生が好転しました。書店に行くと「ユダヤ人大富豪の教え」という本がいま大ベストセラーになっていますが、その著者の本田健さんも望月さんのアドバイスで10年前にこの宝地図を書いたそうです。その時に彼が創った宝地図は現在の本田健さんの生活そのものとして実現してしまったということです。
望月さんの「幸せな宝地図であなたの夢がかなう」は今年の6月に出版されましたが、すでに第3刷に入っています。私は今年の正月に望月さんから宝地図と似た「今年の夢実現シート」を頂きました。
そこで大学入試を控えていた長女に、「○○大学法学部に現役で合格することが出来ました。有り難うございました。」とすぐ書かせ、また娘の写真を貼り付け、完成した夢実現シートを部屋に貼って毎日見るようにさせました。
そのかいあって娘は4月から第一志望の○○大学に通っています。望月さんに感謝です。
望月さんも書いていますが、この宝地図には費用がかかりません。そして誰でも簡単に作ることが出来ます。当院でもこれから職員全員で大きな宝地図を作る予定です。夢実現シートが欲しい方は、当院でコピーして差し上げます。どうぞ皆さん、望月さんの「不思議な魔法」にかかってみようではありませんか・・・・・・
当院の地震被害状況と今後のマンスリートークについて!
- 2011年4月16日 17:47
- 当院の地震被害状況
3月11日に起きた東日本大震災において当院はとんでもない被害を受けてしまいました。
最近になって、工事の終了予想が出たのですが、何と4ヶ月以上もかかるそうです。現在、新館には全く人が入れない状態となっていて、またその工事車両を置くために職員駐車場や医師駐車場も車をとめられない状態が続き、スタッフ全員が患者さん用の駐車場を使っています。そのため、患者さん用の駐車スペースが極端に狭くなり、皆様には多大なご迷惑をおかけして、本当に申し訳なく思っております。
そのような状況下で小生自身も心身共に建物以上のダメージを受けてしまいました。
何とか外来診療は毎日続けておりますが、、あまりのストレス過多で皆様にご満足のいくようなマンスリートークを考える余力がなくなってしまいました。
そこで、今後の数ヶ月間におけるマンスリートークは、当院の平成14年から18年までにトピックスとしてHPに紹介していたもののなかから、特に評判の良かったものをマンスリートークの代用として使わせて頂きます。
数年前からの当院HP読者なら、読んだ記憶があるかと思いますが、もう1度読んでも、けっして無駄ではない内容ですので、復習だと思ってお読み下さい。
すべての工事が終了するまでは、毎月過去のトピックスの中から名作と言われたものを選んで紹介して行きたいと思いますので、上記の事情をご理解の上、何とか過去の内容の再アップにてお許し頂きたいと思います。
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今月のトピックスはコーヒーブレイクということにしたいと思います。その内容は私が最近読んで非常に面白かった実話2編の紹介とお薦めコーヒーの紹介です。
当院のトピックスもそろそろ1年近くなります。毎月健康情報を紹介して来ましたが、今回はがらりと趣向を変えて「コーヒーを飲みながら2編の話を読んでちょっとひと息入れてください。」というコーヒーブレイクです。まずコーヒー紹介ですが、脳が生き生きしてきてアルファ波がどんどん出てくる健康珈琲というものが大阪のマインドフィットネスという会社から発売されました。1日に9杯飲んでも大丈夫、寝る前に飲んでも良く眠れるということを謳い文句にしています。飲む前と飲んだあとの脳波を比較すると明らかな差が出ています。詳しくはパンフレットをご覧ください。
このメーカーはよほど味に自信があるのか、「味に納得いかない場合の返金保証」を掲げています。(パンフレットの1番下を見てみてください。)コーヒーを売っている会社で返金保証などしている会社がほかにあるでしょうか?
味が気に入らなければお金が戻ってくるのですから、とにかく1度お試しされてはいかがでしょうか・・・・・・
さてそれでは2編の話に入ります。まず1つ目はいま世界的に有名な成功者の話です。
2つめは国民的ヒーローの話です。2編の話を全部読むといつものトピックスよりも長いですが、どちらも気軽に読める話だと思いますので是非とも最後まで読んでみてください。
それでは始まります。
「あなたが成功した最大の秘訣を教えてください」新聞記者がある大富豪に質問をした。大富豪は答えた。「成功の秘訣?それは大きなビジョンが持てるかどうかだけだよ」即座に答えたそうです。
【大きなビジョンが持てるかどうかだけ!!】
このように答えたのは世界一の大富豪・大成功者あのビル・ゲイツ(1955~ )そうマイクロソフト社の創業者です(フォーブスの発表する世界長者番付では4年連続一位)ビルがまだ、コンピューターが好きな学生に過ぎなかったころ、世界初のパーソナル・コンピューターといわれる「アルテア8080」が発売されました。これはコンピューターの世界を変えてしまうような画期的な製品でした。ところが、残念なことに、そして腕に自信がある者にとってラッキーなことに「アルテア8080」にはまだソフトウェアが開発されていなかったのです。このニュースを知った、腕に自信があるコンピューター・マニアたちは、きっと我こそが「アルテア8080」用のソフトウェアを作り上げてやろうと張り切ったに違いありません。中には、早速、プログラムを組み始めた人たちもいたのです。ビルも友人と、「このコンピューターに、ちゃんとしたソフトウェアさえあれば、とてもたくさんのことができるだろう」「絶対に、俺たちが、このすばらしいコンピューターのプログラムを世界で一番はじめに作ろう!」と語り合ったのは言うまでもありません。ただし、ビルの場合は、それだけではありませんでした。あることを考え、【とんでもない行動を起こした】のです。それは、、、、、
「ソフトウェアが完成したので見てください」とまずは手紙を書いたのです。
それもまだプログラムが完成していないうちから、、、、。「あー、フライングしたのね。完成のメドがたったから、、」そう思うでしょう?でも、その程度のことではなかったのです。
ナンセ【とんでもないこと】ですから、、、、。その完成したという手紙を送った時にはビルたちの元にはまだ「アルテア8080」そのものがなかったのです。「アルテア8080」自体を手に入れてもいなかったのです。
つまり、ある意味でホラを吹いたわけですね。それも大法螺もいいとこですね。ところが、ビルたちのすごいところは、ソフトウェア見事に逸早く完成させることに成功したのです。たった8週間という短い間に、、、、、、、。
そして、これを足がかりに、マイクロソフト社を立ち上げ、さらに大きなビジョンに向かっていくことになります。するとそこでも奇跡が待っていました。24歳の青年が率いる単なる小さなソフト会社がIBMという巨人と提携することになったきっかけをお話ししましょう。1980年当時、IBMはOS(オペレーティングシステム)を提供しないかと当時のトップ・クラスの技術者に密かに声をかけました。しかしその技術者は当時すでに十分に成功していたこともあって、IBMのその提案の重大性に気づかなかったのです。休暇を返上してまでIBMに付き合おうとはしなかったのです。それで惜しくも交渉は不調に終わり、その結果、小さなソフト会社が浮上することになるのです。IBMの極秘プロジェクト担当者はマイクロソフトに電話をかけました。ビルはIBMからの突然の電話に驚きました。しかし、見事にチャンスをつかむ才覚を持っていました。IBMは急いでいました。「明日にでも打ち合わせしたい」と。ところでビルにとって、明日はアタリ社会長との予定が入っていました。アタリ社はマイクロソフトにとってビッグ・ユーザー。IBMは魅力的でしたが仕事に実際になるかどうかわからない。TVならここは「運命の選択」とでも言って、視聴者に質問が投げかけられるところでしょう。魅力的ではあるが、どうなるかわからないIBMの話を1日くらい先延ばししてもいいのではないか?と私なら思います。今、お世話になっているビッグ・ユーザーの会長との会見を優先するのが普通の感覚でしょう。1日、2日延ばすくらい。
しかしビルは即決します。それもアタリ社会長との予定をキャンセルしてまで、IBMの担当者を迎え入れたのです。この対応の差が大きく明暗を分けることとなりました。
「運命は志高き者に微笑み、志なき者をひきずる」
IBMと組んだことによって、BASICを売る小さなソフトウエア会社は全世界のパソコンのOSを供給する大会社に発展していきます。今日のマイクロソフト帝国はこの日の決断によって、道が開かれたと言ってよいでしょう。そして今、その影響力はパソコンの世界の隅々まで及んでいます。自分たちにできることは現実的にどんなことだろう?
夢を叶えるには 何をまずは 準備しなければならないだろう?
当然考えることです。それは大事なことです。しかし、ついつい、はじめは大きかった夢も、高かった志も、だんだんと現実的なもの、対処しなければならないこと、今日・明日とりあえずやらないといけないことなどで、小さくしぼんでしまいませんか?
けれど、自分の夢を実現するのに本当に必要なのは、ビルのように、大きな目標を持つこと。それも、「よし、これだ!」「絶対にかなえたい」ということからはじまるのではないでしょうか?小さな夢では、100%叶えたって小さな夢。(それはそれでとってもすばらしいことですが)壮大な夢なら、それに向かっていく過程で、自分の可能性も最大に発揮されていきます。その結果として、とっても大きなものを手に入れていることは間違いありませんね。さあ、あなたの中には、どんな壮大なビジョンがありますか?
まずはそれを楽しんでみましょう。
そしてじっくりと育ててあげましょう。
ちょうどあなたのお母さんがあなたを育ててくれたように。
1話終了です。
この話しいかがでしたか?決してほらを吹けといっているわけではありませんが、そのほらによって自分の目標が明確になったようです。野球選手が「今年は3冠王」とか「ホームラン40本」とシーズン前に公約するのもこれと同じようなものです。口にしてしまったことによって頑張らざるを得ない状況に自分を追い込んでいるわけです。
普通の日本人では「口にして実現できなかったら大恥じだ!」と考える人が多いと思います。ある意味ではそれが真面目なのでしょうが、世界的な成功を収めるためにはこのようなハッタリモ必要なのかもしれませんね!日本人がオリンピックで弱いのは日本人の生真面目な性格によるのかもしれません。
さて2つ目の話はそのオリンピックで金メダルを取ったマラソン選手の話です。
それでは始まります。
1. 人生の金メダリストから探る (上)
「運命の女神から微笑まれる方法」
「うちは大学生は採らないから、、、」
やはり、無理なのか、これで就職浪人になるのかな、と諦めざるをえないのかという思いが 一瞬頭をよぎった。しかし、10社以上の誘いをすべて断り、甘えも断ち切り、背水の陣で臨んでいた。道は一つしか残されていなかった。進む道だけ、、、。
「もしも、自分に陸上をつづけられる可能性が1%でも残っているなら、それに賭けてみたい」自分の人生が、このままあと何日間で決まってしまうかもしれない。決して後悔するような生き方はしたくない。たとえわずかでも可能性が残されているのなら、それに挑戦してみよう、、、。そんな思いが言葉になります。「自費でもいいから、合宿に参加させてください」真剣な思いが相手に届き、やっと許可がもらえる。「希望の光が射した瞬間だった」と後に彼女は振り返る。運命の女神は少なくとも3回あなたに向かって微笑むといいます。(エ? たった、それだけ?)彼女にとってその瞬間だったのでしょうか?
いえいえ、女神が微笑むどころか、どちらかと言うと、ドアがピシャリとしまっている風に見えたはずです。一見。高橋尚子選手と小出監督(当時・リクルート監督)との出会いの時の話です。入部前の高橋選手の実力は全国的にはさほどのものではありませんでした。高校生の時に出た都道府県対抗女子駅伝では47都道府県中45番という結果だった。後に「それ、区間賞をとるより難しいかもよ!」と先輩に笑われるくらい、、、。
インターハイもギリギリで出場できたものの、予選落ちで、決勝には残れませんでした。
高校時代の恩師からは「おまえは素質がないから、人の倍練習をしてやっと人並みで、人の三倍やって、はじめて人並み以上になれるんだ」と言われつづけていました。大学もとりたててスゴイ成績を出したわけではありません。しかし、練習量だけは多いつもりで「1日20キロくらい走ってます」と自信たっぷりに話すと、小出監督はびっくりした表情で「え、20キロ。それしか走ってないの?それって高校生以下だよね」という言葉にカルチャーショックを受けてしまいます。家族や親戚から「もう陸上はやめて、早く先生になる勉強をしなさい」とことあるごとにいわれ続けてきていたのです。それに対し、当時、小出監督率いるリクルート軍団は飛ぶ鳥を落とす勢いでした。有森選手がバルセロナ・オリンピックで銀メダルをとったばかりです。後に世界陸上で金メダルを取る鈴木博美選手やインターハイの優勝者などが目白押し。超一流選手もあこがれるチーム・監督に対し、実力・実績もなければ、練習量も高校生以下の高橋選手。おまけに会社の規則で大卒は採用しないことになっている。幸運の女神が微笑むどころか、ドアがピシャッと閉ざされているような状態に普通なら見えたでしょう。しかもとてもあけられそうもない鍵がかかっている。普通なら諦めて、ドアに近づくこともしないかも知れません。
しかし、高橋選手はドアを強く叩いた。
この背水の陣を敷いた行動がなければその後の数々のドラマは生まれなかった。入部後、小出監督は高橋選手の走りを見ては、「おまえは強くなるよ。きっと世界一になれるよ」そう毎日のように言いつづけた。
他の部員より明らかに実力・実績も劣る彼女に。最初はあまりにも周りに強い人ばかりなので、引け目を感じないように励ましてくれていると感じていたようです。しかし、『一年三百六十五日、「おまえは、世界一になれるよ」と言われつづけていると、だんだんその気になってくるものである。「もしかしたら、私にも可能性があるのかもしれない、、、」
ようやくランナーとしての<夢>が芽生えはじめたような気がする』すると、『「とても、できないよ」と反発したくなるときでも、監督はニコッと笑顔をみせて、こうつづける。
「高橋、これやったらすごいぞ、おまえ。また強くなっちゃうなぁ」』
そんなことの繰り返しで、次第に実力がついていく。しかし、すべてが順調だったわけではありません。初マラソンが不本意な結果に終わり、これが最後のマラソンになるかも知れないと思い、臨む2度目のマラソン。「このレースでダメだったら、私はマラソンに向いてないからやめよう」とそこまで思いつめた、レースもあった。しかし、それも小出マジックで二人三脚で切り抜けていく。
ここ数年「走れば、必ず優勝」そんな高橋-小出コンビ。しかし、全て順風満帆だったというわけではありませんでした。これが最後のマラソンになるかも知れないと思い、臨んだ2度目のマラソン。このレースでダメだったら、私はマラソンに向いてないからやめよう」とそこまで高橋選手は思いつめたレースだったのです。ところが、監督が示したタイムにはナント「2時間25分・日本記録」と書いてあったのです。それまでマラソンでは実績をほとんど出していない一般には無名に近いランナー。初マラソンでは期待通りに走れなかった。しかも、尊敬する先輩である有森選手も鈴木選手も出していない記録。その記録がどのくらいレベルの高いものか、本人はわかっていました。だから、高橋選手自身「絶対無理だよ」と内心では思っていました。
ところが練習をメニュー通りこなし、ゴールしてみれば、記録は2時間25分48秒。当時の日本最高記録でテープを切ることができたのです。
その後もこんなこともありました。常勝の高橋選手もオリンピックの最終選考会の前月、食中毒で倒れてしまいます。数ヶ月かけて調整をしていくマラソン。これは大きなダメージです。このときを回想して小出監督は語っています。「Qちゃん(高橋選手)を見ていて、オリンピックなんかないほうがいいと思いました。苦しかった。1000本の糸のうち、999本の糸がきれたようでした」有森選手で2度までオリンピックでメダル獲得を果たした小出監督をしてこのように語らせるほどのピンチでした。しかし、それらの荒波を二人三脚でくぐりぬけていき、そしてオリンピックを迎えます。『高橋が、いつものような調子で走り抜くことができるか。もちろん、強敵は多い。その中で、最初に競技場のトラックに 走りこんでくるのは、誰なのか?私には、はっきりとその姿が見えている。私が何度も思い描いた光景の中に、ひときわはっきり見えているのは、もちろん彼女、高橋尚子の晴れやかで、すがすがしい「笑顔」なのだ』
そして当日。(次の文章はオリンピックの数ヶ月前に考えられたものです。そして、直前に出版された本の中に書かれているものです。)
『スタートから下り坂を、一挙に走りおりたあと、今度は上りに変わる。徐々に先頭集団が形成されていく。高橋はしっかりとその中に入っている。二十キロ地点。先頭集団が割れ始める。高橋を含めた三人が競い合っている。三十キロ地点になると、ひとりが脱落し、二人だけの競い合いになっている。相手はケニアのテグラ・ロルーペだ。競い合いは三十五キロぐらいまでつづく。不思議に高橋の力は劣えない。苦しい時期を通り過ぎて、足がどんどん前に出る。表情はほほえんでいるようにさえ見える。そして、ロルーペに五十メートルぐらいの差をつけて、マラソンゲートを潜る。ゴールのテープを切り、スタンドを埋めつくした何万人という観衆に「ありがとう!」といって手を振る-。私たちは毎日、いま記したようなイメージを頭の中に描きながら厳しい練習を積み重ねてきた。勝利には方程式があり、正しいイメージトレーニングは大切だと思う。』
シドニー・オリンピックで見事金メダルを獲得した高橋尚子選手と小出監督。
サングラスを投げ捨てると共にスパート。さわやかな笑顔で「ありがとう」を言いながら手を振る高橋選手のことはいまだに記憶に新しいのではないでしょうか?
二人は何ヶ月も前からこのようなイメージを繰り返し描き続けてきたのです。そして念密な計画を練ってきています。練習や食事のメニューは言うまでもありません。さらにこんなことまで。コースの32キロ付近に宿舎を借り、毎日、朝夕の2回、上り下りが続く32キロから37キロ地点でスパートする練習をしたのです。ここが勝負所だと確信していたから。 そして当日、その結果、驚くべきことにほとんど同じ情景を私たちはTVの前で見ることができたのです。テグラ・ロルーペのところは、ルーマニアのリディア・シモン。先頭集団三人のあと一人は高橋選手でした。レース展開もほぼ同じと言ってよいでしょう。当日の実際の状況は、「サングラスを外して沿道に放るのが、スパートの合図でした。シモン選手と一騎打ちを演じていた高橋選手が、勝負をかけたのが上り下りが続く35キロ直前。腕の振りが大きくなって、ピッチも上がる。金メダルへのスパートが始まった。」小出監督が語ります。
「こんなに呑んべぇの、へっぽこオヤジでも、一生懸命やれば、世界一の選手とめぐり合える。それを僕は証明してみせたかったのです。」「人間は、願望が強くなければいかん。オレは将来、何歳ぐらいまでに、こういう人間になるぞという強い願望を持つこと。願望が強いと、人間というのは、遠回りしながらでも、願望に強く向かっていくものです」
「遠回りしながらでも、、、」『私はつい4年前までマラソンを一度も走ったことがなかったのだ。監督と出会って、この4年間の時間の中で、私の人生は変わったし、人は変われるものなのだと、本当に実感している。「自分はもう年だから」とか、「私は就職しちゃったから」とか、そんな諦めはまったく必要がない。私のように弱い選手でさえ、夢や希望をもって頑張るだけで、こんなにも違う人生を味わうことができるのだ。夢をもって頑張れば、必ずかなえられる。』イメージの力は本当に素晴らしい結果を引き出します。
あなたの夢が達成されるシーンをこのように何回もイメージしてみませんか。
あなたの「未来日記」はやがて現実となります。
心底願い、イメージし、工夫しつつ行動し続ければ・・・
私達にはいつでも白紙の未来日記が用意されています。すぐ目の前に。
あとは自由に書き記すだけ。
余談—————————
小出監督がオリンピックのレース予測を書いて(話して?)いたのを高橋選手が金メダル獲得直後に見て、驚きました。ここまでピッタリ一致しているとは・・・・・・・
勝負は水物、実力は紙一重、その日の体調一つで結果が大きく変わる。プレッシャーに弱いと言われる日本人、マスコミの異常なまでの報道。それらを考えると、どうなるか、わからないにも関わらず出版してしまうなんて・・・・・これも自信の現れだったのかも知れませんね。あとは、やることはやったんだから、結果がどうなろうと一点の恥じることもない、といった心境だったのでしょうか?
小出監督もビルゲイツと似ているところがあるのかもしれませんね。このような性格の人が思いも寄らない大成功を起こすようです。アトピーとかいろんな慢性的な病気で困っている方々もこの2人の考え方を真似して「もう治っている自分」を毎日イメージして生きていくと完治も早いかもしれません。是非ともお試しください。最後にもう1度この言葉を残して今月のトピックスを終わります。
「人間は、願望が強くなければいかん。オレは将来、何歳ぐらいまでに、こういう人間になるぞという強い願望を持つこと。願望が強いと、人間というのは、遠回りしながらでも、願望に強く向かっていくものです」
「遠回りしながらでも、、、」
当院の地震被害と(なんだって)しあわせハガキの紹介!
- 2011年3月19日 19:26
- 東日本大震災
3月11日14時46分に起きた東北・関東大地震において当院は大ダメージを受けてしまいました。3月3日にキュテラ株式会社のクリニカル・セーフティ・アドバイザーの方がオバジニューダームシステムについてセミナーを行ったばかりの新館ホールは内壁、外壁ともにガタガタに崩れてしまい、3月18日から足場をかけて修復が始まったところです。
もし、大勢の方がホールにいる時にこの地震が来ていたらと思うとぞっと致します。
当院の建築(第1期が昭和62年11月から昭和63年5月にかけての医院建築、第2期が平成5年5月から平成6年3月までの3階増築、第3期は平成10年4月から平成11年4月までの新館建築)内容をすべて把握している大木リフォーム株式会社の竹田清志取締役統括営業部長の話では、内壁、外壁はすべて張替えが必要であり、また建物の構造計算をやり直して、大量の鉄骨の補強が必要とのことです。本館と新館をつなぐ通路にも亀裂が生じてしまい、ナースたちは、新館2階にあるスタッフルームに行けなくなってしまいました。
いま現在、1番恐ろしいのは、、石油タンクの真上にある外壁が崩れかかっていることです。
今後、大きな余震が来て、崩れ落ちる外壁が石油タンクを破壊し、そこにガスの火がついたりしたら、大火災になってしまいます。
壊れた部位をすべて修復するには、日数、費用ともどのくらいかかるのか、現段階では全く予想がつかない状態です。院内の備品の破損も甚大でして、開院時から産婦人科待合室にあった大きな置時計(義理の父から開院祝いとして頂いたものです。)や産婦人科診察室にかかっていた掛け時計(恩師である五十嵐正雄群馬大学名誉教授から開院祝いとして頂いたものです。)も、修復不能な状態まで壊れてしまいました。
しかし、テレビで見る宮城、岩手の方々は自分たちよりもはるかに悲惨な状態です。
自分は、今までに何度か人生のピンチを乗り越えて来ましたが、今回の大地震も大ピンチです。過去の人生において最大のピンチは、昭和52年4月にアメリカサンディエゴにおけるホームスティから戻って来た数日後に父が急死して、まだ大学6年の身でありながら、病院の建物と職員を残されて、収入ゼロなのに職員の給料を払っていた時期です。
その時の残務処理を思い出してしまいましたが、あの時は我が家だけに不幸がやって来たという感じでした。しかし、今回の場合は自分だけにふりかかった災害ではないので、もっと悲惨な方々のことを考えて、何とか乗り切ろうと思っています。
昨年の正月に、私がよく能力開発のCDやDVDを買うVOICEから、(なんだって)しあわせという年賀状を頂きました。
当院では、昨年1月からこのハガキをカラーコピーして数箇所に貼っていましたが、1年3ヶ月近くたって、やっとこのハガキの活躍する出番がやって来ました。
今月のマンスリートークでは、当院のHPを読んで下さっている皆さんにも、是非ともこのハガキを利用して頂きたいと考えたため、(なんだって)しあわせと書かれたハガキを紹介したいと思います。
(なんだって)しあわせ
と、いえる人生がいい。そう思う。
大好きなあの人が去って行ったとしても、まだ世界の半分を好きになれる。
脳溢血で半身マヒになったって、残り半身が倍働いたら遜色はない。
余命3ヶ月と告げられたなら、まだ3ヶ月は世界の美しさと共にいられる。
目が見えなくなったら、音楽の美しさにもっともっと敏感になるだろう。
財産を失って、すってんてんになったなら、世界最強の身軽さを体験できる。
ひとがすべて死に絶えて、地球に自分ひとりになったって、はたまた、宝くじで3億円の、狂おしい大当たりをしたとしても、まだ、そこにあるしあわせを発見し、ひとは、それをいつくしむことができる。
だってカメラを引いたなら、実は世界から、なにも減っていないのだから。
次元は無限に重なり合い、あなたは「そこ」であると同時に、「あちら」でもある。
リアリティというまぼろしのカーテンは、いつでも引いて開けることができる。
でもしかし、それでもなお、いまのこの世界は美しい、と、そう思う。
そうやって想像された人生の底値からすれば、ここは天国以外のなにものでもない。
いま、ここの温かさを、ありがたく味わい尽くす、その大いなるしあわせ感・・・・。
開けまして、おめでとうございます。
今年も1年、いっしょに遊んでください。
平成22年 元旦
ヴォイス・グループ
このハガキを壁に貼って、日々見ると、いつなんどきも、しあわせを感じられるひとになれます。
文責
谷口雄一
平成23年3月19日
オバジニューダームシステムセミナー(3月3日)の案内と体験者の生の声!
- 2011年2月17日 12:20
- オバジニューダーム・システム
当院は昨年11月のマンスリートークでオバジニューダームシステムキャンペーンのことを書き仲間を募りました。今月のマンスリートークは2回目のオバジ特集です。
まずは、セミナーの案内です。
来月3月3日13時より当院の新館ホールにて、代理店の方が、オバジニューダームシステムの魅力と秘訣や、デリケートな目元にハリを与えるエラスチダームアイクリームについて詳しいセミナーを開いてくれることになりました。今回のセミナーの参加費は無料です。
さて、セミナーの案内が終ったので、次は11月から一斉スタートとして参加された方々の生の声を紹介したいと思います。
この方々は、いずれも以前から他疾患で当院に通院中の方でして、すべて実在する人たちなのですが、実名をあげる訳にはいかないため、イニシャルと年齢だけ書かせて頂きます。
しかし、言葉は、その方々が話したままであって、当院による修正は一切ありません。
1.S.Mさん。36歳。 妊娠中に出てきてしまった大きな目の下のシミがオバジニューダームシステム1クール目を終了する頃には消えてしまった。
この方は、現在2クール目を実施しています。
2.Y.Tさん。43歳。ものすごくきれいになった。主人からも「きれいになった。」と言われた。
この方も、現在2クール目を実施しています。
3.M.Sさん。75歳。まだ、皮がむけるところがあるが、前よりはシミが取れて来た。
この方は、現在1クール目の途中です。
4.Y.Mさん。79歳。シミがだいぶうすくなって来て、みんなに「きれいになった。」と言われる。
この方は、つい最近2クール目に入りました。
5.K.Sさん。36歳。少しうすくなった。ヒリヒリはない。
この方は、現在1クール目の途中です。
6.A.Nさん。44歳。現在1クール目、赤くポロポロむけているが、いい感じである。シミも少々改善して来ているようだ。
7.T.Kさん。81歳。いま1クール目だが、シミが半分くらいは薄くなっており、他人からも言われるが、自分自身もはっきり分かり嬉しい。勇気を出してやって良かった。
この方が、モニター最高齢の方です。数日前に2クール目を始められました。
8.T.Rさん。33歳。キュラセン(顔へのプラセンタ注射)と比べて、オバジの方が肌のハリが良い。ツルツルして、気持ちが良い。ニキビのあとが気になっていたが、少しづつ改善して来ている。
この方は、当院でキュラセンを1クール(10日以内に3回注射)だけ体験されている方です。
キュラセンは、栃木県では当院しか実施していない日比野佐和子先生(プラセンタの世界的権威であり、なおかつアンチエイジング医療のリーダー的存在!)直伝のテクニックなのですが、この方に関しては、キュテラ株式会社のオバジニューダームシステムに負けてしまいました。どちらにしても当院が提供した治療なので、患者さんが満足してくれれば、私は満足なのですが、キュラセンだけをやっている先生なら、以下のような反論をされるかもしれません。
「キュラセンは1回7500円の注射なので、東京での一般価格8万円のオバジニューダームシステムと対抗するためには、10回以上施行しないと平等な評価は出来ない。」という反論です。
私は、このように自分のところの自慢の顔プラセンタ治療がオバジニューダームシステムに負けていても、それを隠さず公表致します。
当院のテクニックに不利な発言があっても、それを隠さないのが医師の本来のあるべき姿と考えているからです。私は、自分に有利なことだけを勝手に書きまくっているチマタにあふれるバイブル本と同レベルのことをするつもりは全くありません。
9.S.Aさん。37歳。最初に赤くなり、3日目あたりから皮膚がむけて来たが、シミも取れて来て、徐々に色白になり整って来た。
特に違和感もなく、すごく良い。「使って本当に良かった。先生に有難うございましたと伝えて下さい。」と当院ナースの質問に答えてくれました。
この方は、栃木県の方ではありません。11月の当院のマンスリートークをお読みになって、わざわざ他県から来て下さいました。
この方のように言って頂けると、私としてはオバジニューダームシステムキャンペーンを始めた甲斐があるというものです。
医師というのは、患者さんが満足してくれると、自分の体調がすこぶる良くなって来ます。私は昭和53年に医師国家試験に合格していますので、今年の5月で医師暦33年を迎えますが、自分が治療した患者さんの経過によって、自分自身の好不調が影響されるということを嫌というほど体験してきました。
ここまで、連絡のついた9人のオバジ体験者の本人の生の声を書かせて頂きましたが、皆さんから、11月のマンスリートークで自分が最初にオバジを始めると書いていた先生自身の経過はいったいどうなのでしょうか?という質問が来ることは当然、想定済みです。
よって、ここからは私のオバジニューダームシステムの経過について報告させて頂きます。本当は、自分が代理店の担当者との約束で患者様よりも1番早くオバジを始めなければならなかったのですが、12月のマンスリートークに書いたように、1月発売のバイタリティとアズールの説明会が毎週のように東京であり、11月半ばから12月末までの土、日はすべて東京往復という忙しさのため、約束を守れませんでした。そして、12月29日の平成22年最後の外来が終了してから、やっとオバジの「肌健康のためのパーソナルガイド」を読み出したのですが、今までに1度も化粧という行為をしたことのない自分にとっては、分からない言葉がすぐ出て来ました。
まず、コットンというものが外来で使う医療用の脱脂綿とどこが違うか分かりませんでした。
それから、フェイスラインと書いてあっても、全く意味が分かりませんでした。このような幼稚な疑問を超多忙な担当者にする訳にもいかずに困っていたところ、
12月30日に救世主が現われました。25歳になる娘のM子が正月休みで帰省して来たのです。M子は中学時代から化粧品の収集を趣味としていた娘です。
そんな娘ですから、オバジの説明書を見て方法をマスターするのは非常に簡単なことでした。娘の書いてくれた方法通りにオバジをやると、朝も夜も8分かかりません。
ある患者さんが、オバジは20分かかると言っていましたが、小生のような化粧の未経験者でも、要領を考えれば8分以内で終るのです。M子のような化粧のセミプロは、まずその時に使うもののキャップをすべて開けておきます。そして、フォーミングジェルの2分待っている間に、ジェルのキャップを閉めてすぐ片付けてしまいます。また、クリアを塗って、2分待っている間には、トナーもクリアもキャップをしめて、最初のフォーミンングジェルと同様に片付けてしまいます。このようにすると、誰がやっても10分以内で終るのです。
本日まで、私はオバジを6週実行したことになるのですが、もともと顔のシミがあまりなかったので、上記のモニターの方のような劇的な変化はありません。
また、担当者からのアドバイスで局所的な使用でもいいといわれたので、額やあごには全く使わず、両ほほだけに塗っていたせいか、オバジの液がかなり余っています。代理店の指導では、6週で1セットがなくなるということでしたが、私のような使い方では、1セットで10週以上もってしまう感じです。そうすると、1セットの標準価格が8万と言っても、局所的な使用の方には、決して高いものではないということに気づきました。シミのレーザーはシミ1個で5万近くするのですから・・・
オバジなら、シミの局所だけやれば、シミ5個に塗ったとしても1セットで10週以上は軽くもってしまいます。
今まで、シミで当院を受診された方には、独協医大形成外科の朝戸裕貴孝教授や、当院の小児科医の神戸大学の2年後輩であり、現在、日本医大皮膚科教授である船坂陽子先生が推奨しているビタミンE, L-システィン(商品名ハイチオール)、トラネキサム酸を内服してもらい、かつ当院がアトピー用にアメリカから取り寄せているPURE社のビタミンCサプリメント(1個でシナール5袋分)1日5個を使っていました。
なおかつ、外用として、ロート製薬のディーアールエックスVCコンセントレートとディーアールエックスHQブライトニングを併用していましたが、効果が出るのにかなり時間がかかり、患者さんの中には効果に不満で途中でやめてしまう方もかなりいました。それに比べれば、このオバジニューダームシステムの効果は、切れ味抜群の日本刀の代名詞である名刀正宗のような感じがします。何しろ、自分の得意技の顔プラセンタが負けてしまったくらいですから・・・・・・また、オバジニューダームシステムには、シミ以外にも、9つの有効な作用があります。
さて、最後になりますが、現状報告させて頂きます。
昨年11月から始まった当院のオバジニューダームシステムは、今のところドロップアウトは1人もいません。
また、実施して後悔している方も1人もいません。
この現状から判断して、オバジニューダームシステムは、やはり素晴らしい若返りシステムであり、自信を持って皆様に推薦出来る商品であると断言出来ると思います。
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谷口雄一
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